「介護者殺人の現実」 湯原悦子 日本福祉大学社会福祉学部准教授

 私は12年間、高齢者虐待と介護疲れ殺人の研究をしております。介護に行き詰まり、介護者が被介護者を道連れに心中、あるいは殺害するという、介護殺人事件が全国で生じています。なかには、介護を続ける中で将来を悲観し、うつ状態になり、事件に及んでしまった加害者というのも、少なからず見られる状況です。
介護殺人につきましては、定義が確立しておりません。よって操作的になりますが、「介護をめぐって発生した事件で、被害者は60歳以上、かつ死亡に至った」という条件に合致した場合ととらえることにしたいと思います。この定義では障がい者の方が被害者になる事件は抜けておりますが、これは毎年、生じております。
この定義での介護殺人の概要につきまして、公式統計はございません。現在、厚生労働省に、市町村が把握した高齢者虐待例の中で死亡事例の報告というものがありますが、20数件となっておりまして、とても多いです。
1998年から2009年まで地方紙を含む新聞記事のデータベース、30紙について、記事を調べておりますが、12年間に報じられた介護殺人の事例は454件でございました。死亡者461人です。これは、介護保険導入後、いったん下がるかと思ったのですが、結局、40〜50台になっていまして、介護保険が導入されても減っていないという事実があります。
次に加害者と被害者の関係ですが、一番多いのは配偶者間です。そして夫が加害者になり、妻を殺害するというケースが多く、息子が親のどちらかを殺害するというケースが二番目に多くなっています。ちなみに、去年までは、11年間通して、「息子が親を」というのがいちばん多かったのですが、昨年初めて、「夫が妻を」の数が一番になりました。
その次に加害者と被害者の性別ですが、加害者は男性が多く、被害者は女性が多い。この数字は12年間、個別に見てもまったく変わることがない結果になっています。
そして加害者自身も病気や体調不良など、何らかの支援を必要としていた事例、これは新聞記事からしか読み取れませんが、それを調べた場合、半数近くを占めておりました。ちなみに、加害者も60歳以上の、老々介護の事例ですと、全体では56.2%で、2009年ですと、6割を超えているという状況です。
介護者に対する支援の必要性ですが、2005年に厚生労働省の研究班が発表しました調査によりますと、65歳以上の介護者の約3割が「死んでしまいたい」と感じたことがあり、4人に1人が、うつ状態が疑われたという結果が出ています。
これらの調査を通して、介護者自身、支援を必要とするような人が多いというのは明らかでして、介護殺人、または心中をする事件をなくすためには、介護者自身の支援の充実は欠かせません。これは、自信を持って言えますし、現在、介護者支援のための法制度が十分に用意されていない現実があります。法的基盤がない中で、人に、とくに公務員の方にご協力をいただくのは、とても難しい現状にあります。
また虐待のさらなる悪化を防ぐために、介護者を支援しようと思っても、ケアマネジャーさんは基本的には、その要介護者の立場に立ちたい、そして、介護者にサポーターをつけるとしても、地域包括支援センターの職員は忙しいし、予算もなく、マンパワーがないということで、壁にぶつかっている現状があります。
終わりに、介護殺人でいきますと、要因はさまざまなものがありまして、全員防止ということは難しいです。しかし、介護者支援の充実という、減らす手がかりはたしかに得られております。介護者自身も「支援を要する人」ととらえて、彼らの状況を正確にアセスメントし、適切な支援が提供できたら、介護殺人事件の防止には効果的に働くと思います。そして、今日の機会ですけれど、介護者法はイギリス等では確立しております。私は、今後、日本でも動きが必要であるととらえております。